2018年03月11日

◆3月11日の記事




【人の変容を支援したいのに自分は変わろうとしない】

淡路の出張の際は、行政機関庁舎内にある食堂を利用している。
支援施設が運営するそこは、安くて美味しいランチを頂く事ができる。
少したどたどしくても一生懸命働いている方の接客、美味しくて暖かい食事に少なからず癒される。

自分が望んで頂いているのであって、そこには対等の関係性があると思っている。
障がいのある方も高齢者も病気も健康も美しくてもどんな人も、
そこで働くこと、そこでサービスを受けること、お互いの境界線はないように思う。

やたらと「支援」とか「助ける」とか言葉の使い方に困っている。
ある意味、職務内容を表す言葉として使うし、他に適切な言葉が見つからなくて使うけど。







「人を助けてる」という自己満足を得たいがために支援者になろうとする人も少なくない。
(ように思う)あたしもきっと、そう。
でも、自分はチャレンジをしない。
人の支援はするけれども、自分はリスクを取らないし、変ろうとしない人も多い。
昨日の勉強会で、大先輩がおっしゃった言葉にハッとした。



自分が傷つきたくないから、人の変容を通して、
まるで自分が人の為に何かを働きかけたかのように感じたいのだ。



誰からも一切、感謝されなかったらどうするんだろう。
「私はこんなに不幸で困ってるんです」と相談に来た人を、一生懸命支援した。
でも一切感謝されなかった。
それでも、今と同じ「支援」が出来るだろうか。

支援してると思ってるのは自分で、
実は「人のために支援してると思っている自分をクライアントが受け入れてくれて、
リスクをとりながらその変容過程を見せてくれている」かもしれない。
いや、きっとそうなんだと思う。いやはや恥ずかしい。



春から、自らの変容にチャレンジするぞ。




Posted by おくねえ at 12:12│Comments(0)
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